交響曲「幻想郷世界」, Op. 17

編集後記

制作にあたって曲の構想をどう決めていったか、実際に音符を書きながら考えたこと、動画ができあがってから視聴者のみなさんの反応を見て感じたことなどを編集後記という形でまとめました。随分と長い文章になってしまいましたが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

ことのはじまり

そもそもメドレー自体の企画は初代の「東方管弦組曲」を公開した時期から話には出ていました。しらはからことあるごとに「メドレーは書かんの?」とせっつかれていましたが、その頃は特に食指が動きませんでした。しらはの「東方連奏曲」の構成が非常に良かったので、それを超える企画も思いつかず、「メドレーだったら連奏曲で良いじゃん」というように感じていたのもあります。

そのまま月日は流れ、「東方管弦組曲IV」の完成をもってこのシリーズでやりたいことは一段落しました。シリーズ続行の原動力は「『管弦の桜』を超えるものを作りたい」というもので、ようやく神奈子がそれを成し遂げてくれたからです。最初のうちは「前作よりも良いものを書く」といういつものスタンスで始めた東方管弦組曲シリーズですが、結果的に随分時間を取られてしまいました。でもまあ、IVの完成でとにかくこのシリーズは一段落、じゃあ次に何をやろう、という話になって、メドレー、という選択肢が出てきました。

曲の構成

メドレーをつくろう、という気持ちにはなったものの、じゃあ構成はどうしようか、というのが大きな問題としてありました。当初は東方管弦組曲あるいは東方連奏曲と同等の規模のメドレーを想定していたのですが、ただ曲を連ねただけのメドレーはやりたくないし、かと言って連奏曲を超える構成はなかなか思いつかない。実際自分がメドレーでやりたいことも、調遊び、マッシュアップ、ラスボスラッシュと、連奏曲と丸かぶりしていた、というのもあって、いろいろと類似の企画を考えては没にする時期が続きました。この頃考えたものには、キャラの名前に入っている音名で調遊びをするとか、キャラ名あるいは曲名のしりとりでマッシュアップをするとかがあったのですが、どれもあまり面白くならなそうだったので没に。

じゃあ自分がやりたいことって他にないの?と考えたときに、ワルツ(管弦組曲IIの3曲目)やアダージョ(IIIの4曲目)の制作が非常に楽しかったのを思い出し、これはもう一度やりたい、と感じました。よくよく考えてみれば、連奏曲には調の遊びはありますが、拍子の遊びやテンポの遊びはありませんでした。それで、こっちの方向なら面白いものができそうだ、と感じ、考えを進めてみたところ、どうにも連奏曲サイズでは規模が足らぬ、ということになりました。ならばどどーんと曲数を増やして規模を大きくしてやろう、ということで「100曲メドレー」の構想が生まれました。

ところが、100曲となると連奏曲と同じように4部構成では各部が長くなるし、尺の都合も考えれば「曲を高速で切り替えていく仕組み」が必要になる。マッシュアップが一応その役割を果たしてくれるけれども、それでは足りない。ということで、2/4の超ハイテンポで曲を次々に切り替えていく "PRESTO" の構想が生まれました。あとは "VALSE", "ADAGIO", "FINALE" の各楽章と、導入となる1楽章にオーソドックスなメドレーを入れれば良い、そもそも5部構成は東方管弦組曲でずっとやってきたものなので考えやすい、と構想を進め、マッシュアップを一番飽きが来やすい上に曲の切り替え速度が落ちるアダージョに当て込むことにしました。調遊びについては曲の切り替えがただ速いだけでは面白くないプレストに割り当てることにしましたが、一周だけでは足りないので、連奏曲オリジナルの半音階とは別に、五度圏を利用した一周も用意することとして、楽章のだいたいの構成が決まりました。

曲順

曲順はフィナーレ → アダージョ・ワルツ・プレストの調遊び部分 → 残り、という順番にだいたい決まっていきました。企画性の強いところは曲の選定が限定されるので、先に埋めてしまう形に。残りは曲の雰囲気や調のつなげやすさを考慮して選定しました。曲選定では、出典元に登場するキャラはすべて出す、迷ったときは一度もアレンジしたことのないものを優先的に採用する、というのを基準としました。誰か忘れてたらゴメンね。上海紅茶館、遠野幻想物語、プレインエイジア、華のさかづき大江山あたりが採用されていないのは、一応そういう背景があります。この段階で採用曲および曲順はほぼ確定に。マッシュアップの順番の都合で多少前後することはありましたが、書いている途中に曲を入れたり外したりするとおそらくろくなことにならない、というのが見えていたので、書き始めても問題ない状態になるまで曲順を詰める作業が行われました。

ちなみに、調性については、マッシュアップ部分以外はすべて原曲のものを用いています。調を移すと曲想の色が全く変わってしまうので、構成上必要のない限りは原調のままアレンジすることをモットーとしています。

第1楽章

ここは導入楽章であると同時に曲の顔でもあるので、メドレーということを前面に打ち出しつつ楽しい雰囲気にしたい、と考えて作りました。オーソドックスなメドレー調で15曲、だいたい9分程度という構想から、山はふたつ、間に静かな部分が挟まれる、として曲を組んでいった感じですね。

冒頭に花映塚のオープニングを持って来ましたが、メドレーの頭を飾るに相応しい壮大な感じのする原曲ということで、この曲を頭に持ってくるのはかなり初期に決まっていました。頭の中に原曲のイメージが残っていて、探したら花映塚のオープニングだった、という感じの見つけ方でしたね。続く3曲は星蓮船が並んでいますが、スカイルーインは偶然入り込んだもの、ナズ→星の繋ぎは意図されたものです。メドレー作りに慣れていない序盤からキャラ繋ぎを持ってくるとは我ながら無茶なことを考えたものだ、と思います。

不死の煙と封じられた妖怪について。ひとつめの山はヤマメで想定していたので、加速兼起爆剤として妹紅がこの位置に。メドレーでは情報量の切り詰めが求められる上、不死の煙は突き詰めればこのメロディーしかないので、妹紅は思いの外短くなってしまいました。というより、もうちょい長めで作るつもりが、ヤマメがはみ出してきて食ってしまった感じですね。その持っていったヤマメは意外なほどしっかり盛り上がってくれました。

ハレケから風の循環までが落ち着いた曲想として選曲した部分です。ハレケのセカンドは完全に並行4度ですが、幽霊客船あたりからセカンドが「良い動き」をするようになります。このあたりから明確にセカンドを独立して動かすことを意識し始めたと思います。ちなみに、#9でチルノを期待するコメントがちらほらありましたが、指摘されるまですっかり忘れていました。いやはや、まだまだ精進が足りません。言い訳をすればチルノは4楽章に取られてしまっていたから、ということにはなりますが。

厄神からは再び音楽が前向きになっていくようになります。シンデレラケージは管弦組曲IIのリアレンジを当て込みました。以後、一度アレンジしたことのある曲はすべて前の楽譜を参照してリアレンジするか、そのまま持ってくるか、そのどちらかを行なっています。「いたずらうさぎの籠破り」はてゐの飄々としたキャラを出すためにコントラバスを抜いた編成としてあったので、メドレーでもそれを踏襲しました。このアイディアはワーグナーのワルキューレの騎行が基ですが、コンバスがいないだけで随分浮遊感が出るものだな、と思います。

少女綺想曲は上声がどうしても単調になってしまうので、バスに動いてもらうことにしました。ピアノ部分は弦楽器向けに音符を書きなおす選択肢もあったのですが、雰囲気が失われてしまうのでだいたい原曲通りに。妖々跋扈は起爆剤の位置づけです。全休からの盛り上がりはこの曲のハイライトだと思っていますので、それを活かすようなアレンジを心がけました。

神奈子 → 早苗の繋ぎについて。1楽章ラストに持ってくる曲を考えたときに、ラスボスを除いて一番盛り上がる曲は何か、という基準で信仰が選定されました。これに繋がる加速剤を求めて、御柱の墓場がはまった感じです。御柱を書いているときに、しらはから「そろそろ『何か』欲しいよね」という指摘を受けたことで、Bメロ部分のバイオリンソロが生まれました。「何か」欲しいときにソロがカッコイイことをするのは、私の中では割と定番です。今回も良い働きをしてくれたと思います。信仰のAメロではトロンボーンのソリが活躍します。トロンボーンという楽器はどうにも使いどころが難しいと感じることがあるのですが、ここはしっかり役目を与えてあげられました。最後の盛り上がりは振り返ってみるとちょっと「やり過ぎ」なのですが、なかなか計画性をもった盛り上がりを構築するのは難しいです。

繋ぎは冒頭を回想しつつ信仰サビラストの動機を用いて書いたのですが、この音形、動画で指摘されているように「そーなのかー」音形なんです。完全に失念していて、動画が真っ黒になっているときにこのコメントを見たときは「してやられた!」と思いました。

第2楽章

2/4拍子の超高速で駆け抜ける楽章、という構想自体はショスタコーヴィチの交響曲第10番第2楽章からインスピレーションを得ています。元は緊張感をずっと保ったまま突進する曲なのですが、さすがにそういうアレンジをするわけにはいかないので、形だけ貰ってきました。32曲で6分半の構成を予定していたのですが、これだと平均しても一曲に10数秒しか掛けられないことになります。3箇所想定していた山場ではそれなりの盛り上がりが必要なことを考えて、「基本は一曲8秒」がこの楽章のモットーになりました。

時代親父からオーエンまでは楽章の開幕を告げるとともに雰囲気を印象づける部分。時代親父は本当に一番槍を任せるに最適な曲です。これほどオープニングを飾るに相応しい原曲もないでしょう。続くヴワル魔法図書館ではようやく紅魔郷の曲が姿を表します。前の楽章に紅魔郷の曲がひとつもない、というのは特に意図していたものではないので、ここは自分でも組んでて意外に思った部分です。黒い海に紅くはしっかり入れるとだいぶ秒数を取られてしまうので、後半は拍子をカットすることで時間を抑えています。もちろんカットして面白くなくなってしまっては元も子もないので、変拍子の意外性をしっかり出すように心がけました。

そしてオーエンがひとつめの山となります。基本的には以前作ったアレンジの1周目を、拍子を切り詰めて引っ張ってきたのですが、コメントで指摘されているように「最終鬼畜妹フランドール・S」で使われているシンコペーションが入り込んでしまっていたようです。この部分は1周目を使用している、とある通り、最終鬼畜を意識して書いたわけではないので、このシンコペーションにはある程度の必然性があるのではないか、と感じています。それをはじめに指摘した最終鬼畜はさすがのアレンジだな、と思います。後半部分には2周目で使用した対旋律を引っ張ってきましたが、トランペットと木琴に完全にかき消されてしまってますね。結構分厚く書いたつもりなんだけどなぁ。

続いては調遊び一周目。ひたすら五度圏を伝って転調していきます。連奏曲ではひとつの部を使って作られていた構想なので、その中で幾つか山があるのがもともとの形なのですが、なにぶん使える時間が短いため、12曲でひとつの大きなクレッシェンドを形成するようにしました。ニ周目とも共通しますが、この部分は「静かなところから次第に盛り上がる → 変化と発破 → 急加速 → 頂点曲へ」という形になっています。いわゆる起承転結とか序破急とか、そういったおなじみの構成です。

春色小径からオリエンタルダークフライトまでは静かな雰囲気の部分。それを引き継ぐ原風景から広有射怪鳥事まではニ拍三連が顔を出します。二拍三連は大好物なので、これ以降も原曲で3-3-2のリズムの部分は、必要性がない限り三連符に書き換えています。変化と発破は旧地獄街道から上海アリスにかけて行われます。上海アリスは、こういう変化の必要な部分で実に良い働きをしてくれます。そのあとは最終調のユーフォーロマンスまでガスガス加速していきます。ルーネイトエルフは驚くほど堂々とした曲調になりました。ユーフォーロマンスも大太鼓の楔が上手く働いて、とても楽しい仕上がりになったと思います。

一瞬音量を抑えて準備した後にDemystify Feastが登場し、ふたつめの山場となります。この曲を決め場で使う、という発想は連奏曲IIの影響もありそうです。

続く小休止の部分は意図せず永夜抄の道中が連なりました。永夜抄の前半道中は良い曲が揃っているので、機会を見つけてしっとりアレンジしたいですね。ここでもなるべくそういう風にしたかったのですが、如何せんテンポがテンポなので、駆け抜けてしまいました。

永夜道中連から繋がる形で調遊びの二周目が始まります。ここは連奏曲オリジナルを引用し、半音上昇で転調していく形としました。さすがに曲中での転調までは時間が短くて再現できませんでしたが。

夜雀の歌声、渡る者の途絶えた橋と静かな雰囲気で始めて、エクステンドアッシュ・フォールオブフォール・妖魔夜行が引き継いでいきます。この3曲はどれも以前の作ったのをリアレンジしたもので、妖魔夜行では「そーなのかー」音形が満を持して登場します。

古明地姉妹の2曲が変化と発破の部分。さとりも良い形で発破をかけてくれました。続く急加速部分では連奏曲と全く同じ曲順が現れます。ルナ→ダークサイド→ネイティブの順番はジャスティスです。企画段階から絶対入れてやろうと心に決めていました。最終調のヴォヤージュ1969ではクライマックスに向けて最後の調整を行います。ここも以前のもののリアレンジで、対旋律も含めて引っ張ってきています。

2楽章のラストは「超高速」といえばこのキャラ、ということで文の曲を持ってきました。調遊びの流れを引き継ぐヘ短調で始まる上に、曲中でさらに半音上がるのも好ポイントです。属13の和音を突っ込んだりしながら目一杯はっちゃけた後は、間髪を入れずに3楽章に繋がります。フェルマータやそれに準ずるものを使用しない楽章間の繋ぎはここにしかないのですが、テンポ一定の超高速アレンジである以上、次の楽章に飛び込むのは必然、となります。

第3楽章

この楽章は15曲で7分程度という想定をしていたので、舞曲楽章らしく三部形式をイメージした形にしたいと思っていました。東方曲で3拍子といえば芥川と緑眼が代表的だと思うので、この二曲は冒頭と三部目のはじめに持ってこようと決めていました。ボス曲と道中曲だけでは3拍子の原曲が足りなかったので、OPとEDを集めて中間部、という形に。

さて、トップバッターは前述したとおり芥川です。前ふたつの楽章が激しい曲調だったので、まずは気持ちを落ち着けるような雰囲気にしたいな、と思って書きました。サビからは、調性が同じ、ということも手伝ってモーツァルトの交響曲第40番のイメージが見られます。妖怪の山は管弦組曲IIIのアレンジをほぼそのまま持ってきました。変更は、メロディが弦、弦で連続してしまうので、裏にフルートをあてたくらいです。後半部分からは転調して永夜の報いの変拍子ワルツ、となります。

一部目の山は賢将が担当します。原曲が実にカッコイイので、それを生かした盛り上がりを心がけました。続くララバイは低音から一拍目が抜けることでフワフワした雰囲気に。そのままテンションをおさめて中間部に入ります。中間部はとにかく優しい感じを出すように音符を置いていきました。この部分や続くアダージョでしっかり休んでやらないとフィナーレで盛り上がれない、という構成上の要請もあります。

紅より儚い永遠ではチェロがモノローグを歌い上げます。チェロとかファゴットとかはこういうモノローグが良く似合う、と個人的には思います。麓の神社では木管が対位法的に絡み合います。ささっと書き上がった割には良い感じの響きになってくれました。

続く永夜抄では、アングレとビオラの高音域でのユニゾンがメロディを担当します。ビオラは自由になる音域がチェロより上も下も狭い、と信じて疑ってないのですが、こういうやるせない雰囲気を出させるにビオラの高音域は最適だと思います。地霊達の起床からはワルツのリズムが次第に戻ってきます。此岸の塚は3拍子、ということで何の気なしに選んできたのですが、経過句として良い働きをしてくれました。

三部目の始まりは先述した通り、緑眼からになります。この曲で勇壮なことをやるつもりは全くなかったのですが、気がつけば出だしは金管コラールに。そういう音符だったんだろう、としか言いようがないです。もちろん主部はしっとりになりました。

暗闇の風穴はキスメで出すつもりだったので、ピッコロとフルートを使ってかわいく仕上げました。ポイズンボディが随分デモーニッシュになったので、その雰囲気とのギャップも印象的になっています。ポイズンボディが意外にもとても良い形で発破をかけてくれたので、あとはクライマックスに向けて加速するだけ。アルティメットトゥルースもそういう場面には最適な曲でした。

夜が降りてくるは、3拍子の曲のなかでは一番ラストにふさわしかろう、ということでの選曲です。ここが紫になったことで前が幽々子に決まりました。この曲はワルツのリズムをバリバリ出して、とにかくゴージャスになるようにアレンジしました。転調後からは芥川を重ねて次のマッシュアップ楽章を予告する、という案もあったのですが、あまり演奏効果が上がらないので没に。トランペットの音符はその名残です。9の和音の連打でカデンツを形成した後は弦楽器のみで最後の部分を回想、歌い切らないうちに属和音でのフェルマータを挟んで次の楽章に移っていきます。歌い切る前にフェルマータでぶった切ってしまう、というのは雰囲気を変えるときの定番ですね。

第4楽章

ここは構想段階から何ができあがってくるか分からない楽章でした。アダージョという速度設定もそうですが、本格的に数曲のマッシュアップに取り組むのが初めてだったので、うまくまとめられるか一番不安な楽章でもありました。エピソードは全部で7つあったので、だいたい10分くらいを想定していましたが、それ以外は完全に出たとこ勝負、といった感じで書き始めました。まあ、どんな方向に行っても最後のツェペシュで修正できるだろう、という目論見も一応はありましたが。

マッシュアップにおいては、何よりも「すべてをまとめて自然に聴ける」ことを優先しました。ただ組み合わせるだけでガチャついているのを放置するのではマッシュアップする意味が全くないと思っているので、そこは一番気を使ったところです。各曲それぞれのバランスは、まとめて聴いて違和感のない範囲で調整したので、聞き取りにくい曲がどうしても出てしまいます。メロディの変更も最小限に留めるよう心がけましたが、どうしても合わないところは横の動きが自然になるような形で変えています。

また、この楽章から編成にハープが加わります。ハープも本格的に使うのはこの曲が初めてで、今までは意識的に避けてきたのですが、今回はどうしても使いたい、と強く思ったのもあり、かなり重要な働きをしてもらいました。

さて、イントロは楽譜で見ると何のことはない音符が並んでいますが、自然な拍感や息継ぎの感じを出すために随分とテンポ調整をしました。こんな音符をテンポ一定でやっても何も面白くないので、アダージョの雰囲気を出すためにも、納得行くまでひたすらいじくっていた記憶があります。

バカルテットのエピソードはおてんば恋娘を中心に展開します。それぞれの曲のメロディは、前半部分では一番個々の音色が浮き上がりやすい木管4種に担当させました。後半、バイオリンの細かい音符が分散和音的な対旋律を奏でるのは、コメントでも指摘があったようにブルックナーを意識しています。

従者のエピソードはメイドと血の懐中時計が中心になります。組み合わせる数が3曲に減るため、弦楽器3種でも十分各曲が浮き上がると判断しました。途中からはハープのハーモニクスが加わり、非常に繊細な音楽を演出します。その後、短い移行部を挟んで次のエピソードに移ります。

地霊殿のエピソードでは死体旅行を中心に、他の3曲は出たり入ったりしながら進行します。16分音符と8分3連が組み合わさることで、リズム的にはかなり複雑な響きになりました。このあたりからだいぶマッシュアップにも慣れてきた感じで、主題の取り扱いがこなれてきています。業火マントルについては、音符が非常に伴奏向きだったので、4曲合わさるところでは思い切ってベースに回しました。東方の曲で、最低音域にメロディを使える曲というのはかなり限られているように思うのですが、ここはうまく働いてくれました。

アンノウンエピソードではぬえ、村紗、文の曲が組み合わさりますが、前二人はともかくとして、なぜ文が入ったのかは振り返ってみても良く覚えていません。ニ短調で組み合わせやすい、とかそういう理由もあったのではないかと思いますが、色々な意味でここは「アンノウン」なエピソードです。今まで比較的平和に進行していたこの楽章も、ここで暗雲が立ち込めてきます。明確な構造のない4楽章ですが、これと次のエピソードは起承転結の「転」の働きをしてくれています。平安のエイリアンは、本当にこういう部分向きの曲だと思います。

季節のエピソードは今までのマッシュアップとは根本的に書き方が異なります。ここまでは基本的にあるひとつの曲を核として、そこに他の曲のメロディを組み合わせる形でまとめていました。しかし、それは本当の意味でのマッシュアップとは呼べないのでは、という意識もありました。そこで、このエピソードではコンバスのベースラインに核を持ってきて、その上に各曲のメロディを載せる、という形をとりました。どのメロディも中心にならないという意味では、一番各曲が平等に扱われている部分です。

また、ここまでは何らかの形で各曲を際立たせる工夫がなされていたのですが、このエピソードでは逆にどれかが目立ってしまうことがないように編曲しています。弦楽器中心にお互いの音域を被らせることで、冒頭の各メロディが入ってくるところ以外では、それぞれの曲を分離することが非常に難しくなっています。メロディ同士が融け合ってひとつの曲になる、というマッシュアップのコンセプトを一番良く体現できたのではないかと思っています。ただ、こういう編曲の仕方ではどうしても「分かりにくい」ものができてしまいます。分かりにくいまま突っ走ってしまうのは、それはそれで面白くない。そこで、次の魔理沙組のエピソードでは分かりやすいマッシュアップ、という形をとりました。

魔理沙組ではマスタースパークをどっかりと中心に据え、他のメロディはひとつずつ代わる代わる入ってきて、最後に4曲組み合わさるようにしました。この4曲は非常に相性が良く、ほとんど音符を変更せずにかみ合ってくれたので、それぞれがしっかりと聞き取れると思います。魔理沙組があったのに霊夢組はないのか、という指摘を幾つかいただきましたが、霊夢組はメンツがメンツなのでどうしても最終楽章のボスラッシュに曲を取られてしまいます。ただ、やはり片手落ちだったと思うところもあり、そこは反省点です。

4楽章最後はツェペシュ単曲となり、雰囲気も見通しも良くなって次の楽章への準備を行います。ボスラッシュの直前にツェペシュを持ってくるというのは連奏曲のアイディアの引用であり、当然次の曲、フィナーレのオープニングはセプテット、となります。

第5楽章

メドレーを創るならぜひともやりたい、と思っていたラスボスラッシュ。曲順については、基本的には作品順をベースとしつつ、展開の都合にあわせて必要な箇所は入れ替えたりマッシュアップしたりしました。最終曲の選定ですが、まず東方管弦組曲や東方連奏曲でラストを飾った曲を使うつもりはなかったので、それでだいぶ候補が減りました。裁判、鬼が島、有頂天変は最終曲としてはちょっと雰囲気が違う、セプテットは高貴すぎて使いこなせる気がしない、ということで、摩天楼がラストになりました。当初の予定では14曲に対して、1曲1分でコーダを入れて15分程度を想定していたのですが、書いているうちに17分に延び、20分に延び、結局22分の長丁場になってしまいました。それでも、とにかくやりたいことをやり切れたので良しとしています。

さて、冒頭はセプテットから始まりますが、この曲は本当にアレンジするのが難しい曲だと感じます。演奏効果を狙うようなことをすると、たちまち原曲の魅力をスポイルしてしまう、そういうプライドの高さがこの曲にはあります。今回のアレンジでは弦楽器を主体としてできるだけ瀟洒な雰囲気が出るようにしましたが、まだまだ完全に納得の行くような出来にはなっていません。もっともっと良いアレンジができる、そういうポテンシャルをこの曲には感じます。

千年幻想郷は管弦組曲IIのアレンジの一部を改変しつつ引っ張ってきました。ベースの動きが単調だったのでだいぶ変えたり、3/4の部分で徐々に入ってくるトランペットを目立たせたり、細かいところをいろいろといじくっています。後半からは竹取物語が合わさりますが、コメントで指摘されているようにこの展開は連奏曲リスペクトです。千年と竹取が交互に浮き出てくるような音符の置き方も参考にしました。

彼岸帰航は基本的に裏拍でメロディを進行させつつ、東方裁判のメロディと合わせるように適宜シンコペーションを調整しています。後半の東方裁判が主体になる部分は、ブルックナーの交響曲第8番第4楽章のオーケストレーションを引用しました。

第一部の山となる墨染からネクロまでの部分は、今まで比較的落ち着いて進行していた雰囲気を突き破って始まります。墨染は都合3回目のアレンジになりますが、核の部分は踏襲しつつも作るたびに細かい表情が変わります。内声の動きが充実したお陰で納得行く出来になりました。「幽雅に咲かせ、管弦の桜」のときに、2周目でボーダーオブライフを期待するコメントをいくつもいただいたので、今回はそれを実現させてみました。ドラムのないところから強烈にフィルインが入ってくるのが原曲のハイライトだと思っていますので、それを意識した編曲をしています。その後は、以前の「境界を超えろ」でも試みた幽々子と紫のマッシュアップを行いました。前回はネクロに墨染を合わせる、という形だったので、今回は役割を反転させてボーダーにネクロを合わせる形としました。

墨染のメロディも戻ってきて大きな盛り上がりを形成すると、一瞬の息が詰まるような空白を経て鬼が島から中間部が始まります。鬼が島の3拍子部分では随分良い内声が書けたので、和音がとても充実しています。ビオラの本領はやはりこういう内声で味のある音符を弾くことだな、と思います。続く変拍子の部分もだいぶ音を重ねて複雑な和音になっていますが、サビに入ると一転して非常に単純な和音の動きになります。このサビは軽やかさが命なので、とにかく単純な構成にして、速度感を失わないように心がけました。

最後の部分は有頂天変のメロディが重なり、そのまま曲が移ります。有頂天変の最初の部分は鬼が島の雰囲気を引き継いで単純かつ速度感のある進行ですが、続く部分は速度を落とした重厚なコラールになります。この曲は不思議と気高い感じがするのが魅力的なので、それを生かした形を模索してこのコラールに行き着いた感じです。サビの弦楽四重奏部分は気高さを表現すると同時に次への進行を準備する大切な部分。ここは動と静のバランス配分がうまくいって良い音符が書けました。息を飲むような短い全休が2回挿入されると、メドレーも最終部分に入り、いよいよクライマックスを意識した動きとなります。

神さびた古戦場は管弦組曲IVの「幻想郷剋神戦争」が非常に良くできているので、基本的にそっくりそのまま持ってきました。これは、良くできているものは繰り返し使う、という意味合いもありますが、それを超えるクライマックスを書く、という決意表明でもあります。ただ、ここで古戦場を一周分フルで出してしまったために、これ以降の各曲がどんどん伸びていくことになります。広げた風呂敷に落とし前をつけなければいけない以上、最後が膨らむのはある程度必然なのですが、なかなかコントロールが難しいです。

霊知の太陽信仰は原曲よりもだいぶアップテンポにアレンジしました。弦楽器のオールユニゾンを多用することや、強奏と弱奏を断絶的に交代させることで、原始的で粗野な感じを出しています。ここはしっかりと原色の響きがするようにできたので、狙いは成功と言えると思います。サビの高揚の後は、弦楽器が音符を駆け上がって行った先で突然の全休となり、減7の破壊音が鳴り響きます。減7は緊張感の必要な場面で数百年前から使われている和音ですが、まったく色褪せない魅力を持っていると感じます。この場面はホルストの火星を参照していますが、元の和音は減7ではありません。

破壊音に引き続いて、弦楽器主体の短いエレジーが挿入されます。減7から始まって構成音を増やしながらどんどん不協和になっていき、最大で8構成音のほとんどクラスター和音のような響きで進行し、最終的に属7で終止します。この曲を作るにあたって、「12半音すべてを用いた和音を使う」という実験的な目標がありました。これ自体は演奏効果の問題で没になったのですが、構成音の多い和音の効果的な使い方の実験はいろいろなところで行っていて、ここもそのひとつになっています。

エレジーが終わり、全休を挟むと、幽かな光りを伴って法界の火が始まります。鼓動の音は当然再現するつもりだったので、大太鼓にはずっとそれを刻んでもらいました。ここはグロッケンシュピールが印象的ですが、この楽器は全曲でもこの部分でしか使っていません。グロッケンはもともと編成に入れていなかったのですが、法界の火を書くにあたって、どうも今使っている編成では望んでいる透き通るような響きが出ない、これは何か別の楽器が必要なのではないか、と考えを巡らしているときに思い当たったため、この部分限定で使用した形です。もちろん効果は抜群で、バイオリンのユニゾンと相俟って非常に澄んだ響きを出してくれました。グロッケンというのは、ともすればオーケストラ全体を破壊してしまいかねないほど強烈な楽器なので使いどころが非常に限定されますが、やはりなくてはならない場面があると感じます。

光の中で進行していた曲は、動画において魔理沙が聖を否定する場面で一転して闇に落ちていきます。この場面で魔理沙のイラストを用いたのは、魔法使い同士で聖と相性が良かったこともありますが、3人の主人公たちの中で一番雰囲気に合う絵が魔理沙で見つかった、というのが大きいです。絵が決まってからテキストを参照しましたが、和音が一変するタイミングに「妖怪と人間は平等ではない!――」というクリティカルなセリフを持ってこれたことで、この曲は非常に印象的な演出をすることができたと思っています。

不安げな和音はコンバスの空虚5度で終わり、鼓動だけが残ります。始まりの光はフルート・ピッコロの空虚5度で表現されていたので、ここでは同じ空虚5度が光と闇で対置されていることになります。そのあとは鼓動の上にどんどん音が乗っかって、全曲で一番不協和な和音が鳴り響きます。ここではDに対する第3音であるFとFisを抜いた10の音が使用され、下からD, A, C, Es, B, Des, E, Gis, H, Gの順に並んでいます。この和音をサブドミナントとして捉え、属7に落とし込んだ後、解決して最終曲の感情の摩天楼が始まります。楽譜では単なる複符点音符の連続として書かれていますが、こういうところはコテコテにやってもらわなければならぬ、ということで、演奏では思いっきり溜めさせました。

一番緊張度の高い部分は終わったので、あとは摩天楼を朗々と歌いあげるだけです。一周分をフルに使って、良い具合に力の抜けたアレンジができたと思います。前半の盛り上がりでは原曲の対旋律を用いました。この対旋律は原曲では途中で主旋律と一緒になってしまうのですが、せっかく良いメロディなのにもったいない、ということで続きを書いています。

後半のクライマックスは一番難航した部分です。プロトタイプをしらはに聴いてもらったところ、「このままじゃダメ」という評価をもらってしまい、修正に修正を重ねて結局一週間近くこの部分にかかりきりになってしまいました。そうやって何度も修正しなければならなかった部分、というのは大抵納得の行く出来にならないことが多いので、作っている最中かなり不安だったのですが、ベースに動いてもらう、という解決法が降ってきたことで何とかクリアすることができました。

コーダは全曲の冒頭を回想する形で始まります。その後のコラール部分は、ブルックナーの交響曲第4番第4楽章のコーダを全面的に引用しました。このコーダは初めて聴いたときにとても衝撃を受け、何とかして自分でも使ってみたいと常々思っていたこともあって、今までも何回か引用にチャレンジはしたのですが、その都度消化不良に終わっていました。今回はエンドロールを流すためにかなり長いコーダが必要だったので再び挑戦、それなりにうまくまとまってくれました。最低限この曲ぐらい重いものが前にないとこのコーダは映えない、ということなのだと思います。

コーダではメドレーで使用した全曲のメロディを振り返る、という案もあったのですが、それだと何がなんだか分からなくなってしまいそうだったので、ラスボスのメロディのみを作品順で振り返る、という現在の形に落ち着きました。最後の最後で聖に戻ってきてもらい、全曲を締めてもらっています。動画を担当してくれた杏の種には「コーダのイメージは宇宙だよ」と言っただけなのですが、とても素敵なものを作ってくれました。複数人でものを作る楽しみというのは、こういう意外性にあると思います。

おわりに

動画を作るにあたり、曲の雰囲気に合うイラストを探す過程でほんとうに様々な絵を拝見しました。この動画で使わせていただいた他にもたくさんの素敵な絵師さんがいらっしゃって、東方界隈の奥深さを感じます。動画への使用を快諾してくださった方々、使用しても良いことをサイト上に明記している方々のおかげで作品を完遂させることができました。改めて御礼申し上げます。

杏の種には動画作りの過程で随分いろいろな要求をしましたが、それをしっかりクリアして見応えのある動画を仕上げてくれました。しらはには企画段階からずーっと付き合ってもらいました。忙しい合間を縫って厳しいことを言ってくれたおかげでこの作品があります。ふたりともありがとう。

そして、今回の作品はほんとうにたくさんの人に視聴していただきました。みなさんのコメントやツイッターでのリプライなどは宝物です。ありがとうございます。

この作品は構想が大きいこともあって苦労もたくさんありましたが、それ以上に楽しかった。時間をかけたものが終わってしまって少し寂しい感じもしますが、どうせすぐに何か作り始めます。ご縁があれば、また次の作品でお会いしましょう。

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